江戸の町割り

小林一郎

奈良の平城京は、まちの全体を描きそこから、グリッド状に街区を造りあげました。このため、全体像を細かく仕切る道路幅を考慮に入れておらず、街区が削られたところが出現しました。

一方、京の平安京は一街区40丈のモジュールを造り、それを上下左右に積み重ね全体として長方形のまち造りをしました。ということで、全体、個々ともに定規で引いたようなまちができあがりました。

それらに比べ、江戸は?

江戸も、京のまちづくりを手本としたため、ほぼ同寸の京間60間(約120m)をモジュールにまちをつくりあげています。ただ、京と違うのは、狭隘な敷地のうえ、台地や川、海――といった、自然条件のなかで町割りをしたため、全体像が長方形にならなかったところ。しかし、個別に見れば、京と同様のまちづくりがなされていたことが判ります。

まずは、横丁とは? 路地とは? というところから。

 

 

江戸の町はモジュールを組み合わせて構成している

横丁ってどんなとこ?

武家地(旗本)のモジュール

         ブロックの組み合わせ

ブロックの組み合わせ
ブロックの組み合わせ

町屋の町割り

町屋敷

町屋敷
町屋敷

        路地とは裏長屋への導入路

路地の入り口
路地の入り口

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